右大臣実朝

右大臣実朝 岩波
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去年一年大河ドラマの「鎌倉殿の13人」を大変楽しんでみていた。そして、いくら史実とはいえ三谷幸喜は何と鬼のような脚本家なのかと思っていたのである。繰り返される裏切りと粛清。展開もこれまた下げる前に必ずといっていいほど上げてから急降下させるので余計に観ている方のダメージが増す。

 

しかし恐ろしい恐ろしいと思っていたが太宰治の陰湿さに比べれば、三谷幸喜は愉快な面を与えてくれただけまだマシだったのである。裏切りと殺戮が横行する殺伐とした時代と太宰治の作風の相性はとびっきりよいものだった。

 

語り部は幼い頃から源実朝に仕え、北条政子や北条義時たち周囲の人間たちとの関係も知ることができた人物。この人物が何とも陰湿だなと思ってしまったのである。当初は誰の悪口も言わず、謙りながら実朝や北条義時を持ち上げていながら、時が進むにつれて少しずつ彼の本音が漏れ出てくる。過剰すぎるほどの謙りは逆に慇懃無礼か裏があることを表現しているのか。

 

義時についての言い草が特に酷い 笑。あの人は真面目で間違えたことはしないんだけど暗くてなんとも言えず気持ち悪い、とか言っている。愛嬌のなさと暗さを太宰作品でも看破されていた義時。何とも可哀想である。大河ドラマの主役でありながら後半にいくにつれてどんどん嫌われていく彼について、確かに酷いことをしているのだが私利私欲のためであることはあまりなかったのにと同情的になってしまう。

 

しかし流石、太宰治。幼くして鎌倉殿になった実朝が最初は歌を愛し政にも閃きを見せるなど決して愚鈍ではなかった様子から、信頼する人々を失い自らの理想とした政をすることもできずに、徐々に狂っていくのをさまを描くのが見事である。

 

そして訪れる終幕の悲劇。多くを語らずパタッと終わりになった大河ドラマとの共通点を感じないでもない。本当の悲劇は人からそれを語る言葉を奪う。時代が違えば。もっと違った場所で出会える人々なら。そんな言葉は何の意味もない。ただその余韻を味わうことしか出来はしないのだ。

 

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