最底辺

ルポタージュと言えば潜入取材。しかしこのルポライターの潜入の様子は、ほとんど常軌を逸している。

 

第二次大戦後、1950年代からドイツでは戦後復興の人手不足を補うため、トルコ、イタリア、ポルトガル、ギリシャから大量の移民を受け入れた。

 

著者はカラーコンタクトを入れ、カツラをかぶり、言葉遣いを変えトルコ人に変装する。ドイツ人はしたがらない危険で、汚く、低賃金の(場合によっては支払われない)職業に潜入して実際に何ヶ月にもわたって働く。

 

最底辺とされる労働環境の建設現場、工場、薬物治験、果ては無造作な管理体制が常態化している原子力発電所にまで潜入しようとする。

 

過酷を極める労働環境の様子は淡々と描かれる。発ガン性、致死危険のある繊維の塵埃が舞い上げられ、防塵マスクも支給されない工場での作業。人体に非常に強い副作用をもたらす複合薬を投与するための治験。

 

実際に著者は身体を壊し、取材が終わって何ヶ月かたってもその呼吸器系や人体実験で残った悪影響は回復しなかったという。

 

それに加えてトルコの人々は物心両面のいわれのない差別を受ける。読むに耐えない罵詈雑言は相手を同じ人間だと思っていない精神性の欠如、それでも自分がしたくない仕事を、状況にモノを言わせてさせる御都合主義になかなか反吐が出そうになる。

 

あまり強く感情に呼びかけない冷静な文章は、特別な悪人が特別な悪事をしているわけでなく、普通の人間が状況によって罪悪感なく行っているさまを表現し、そのことはさらにおぞましさを際立たせる。

 

国の政策として行われた移民受け入れであったが、自分たちの仕事が奪われるのを恐れたドイツ人たちの一部はそれを受け入れることをよしとせず、しかし利用するだけは利用して自分たちはしたくない汚れて危険で安い仕事に彼らにさせた。

 

過酷な労働環境に自らを起き、実際に体験してルポを書き上げた著者の強い意志の根底にあったもの。それは状況や環境に囚われず、差別を憎む強い心であったように思う。

 

実際に本書は出版後、多くの意識の変化をもたらした。著者の崇高な志に敬意を表したくなる1冊であった。

 

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