読み口はあくまでも軽やかであり、いっそクセが少ないとすら言える。クセのある人はたくさん出てくるし、主題も軽いものでないのに重たさ感じないのは、この本が人でなく人が繋がる流れを主体にしているからか。

 

純粋におバカな若者冒険譚のページが愉快なのも軽やかさの一因かもしれない。軽妙でどこかリズムを感じるような文章は、若い日々のエネルギーだけは溢れているが行き先を見つけれないかのような青少年の様を軽やかに描き出す。

 

やらなければならないことはわかっているのに、なかなか出来ない。合理的には説明のつかない鬱屈したモラトリアム。それは学校で不良との喧嘩に勝っても、友人がクジで当てた大金で買った高級車に乗って道をぶっ飛ばしても解消されるものではない。

 

暴走ドライブはモラトリアムを解消はしてくれなかったが思わぬモノを連れてくる。主人公宅の大量のゴキブリと街のチンピラの若き日の悲恋を伴って。のちに、この思わぬモノは主人公の鬱屈の主因である祖父の死についてもヒントをもたらしてくれることになる。

 

ゴキブリのシーンが面白くて面白くて、絶対実写で見たくはないのだが、カッコつけてた主人公が祖母に取りすがって退治してもらうところや、おばあちゃんが退治の際に見せる殺し屋のような視線とか、ちょびっと出てくる日本製ゴキブリホイホイの有能とかニヤニヤゾワゾワしながら読んだ。

 

本書の大筋は主人公の祖父を殺したのは誰なのかというミステリ要素である。頑固で人当たりが強く難しい人間だったが、主人公にとっては愛すべき存在だった祖父。豆花のエピソードに確かな愛情を感じる。

 

若くして祖父の殺害現場の第一発見者になってしまった主人公はそのショックを忘れられず、捕まらない犯人と徐々に忘れて日常に却っていく家族たちに対する苛立ちを消化できないでいた。

 

日中戦争を経て、国共内戦で国民政府軍として中国共産党率いる紅軍と戦い敗れて台湾に渡った祖父は内戦中の武勇伝を孫に聞かせて育てた。台湾で商売を成功させても、いつか大陸に帰るのだと思いながら死んでいった祖父。主人公にとって祖父の死を追求することはその歴史をたどることでもあった。

 

台湾と中国の歴史的な背景がもたらした長い長い復讐劇と、それでも出会った人々を憎み切ることは出来なかった人間の心。

 

若さと歴史というのは一見正反対のもののようでありながら、歴史無くしては若さを生まれない親子のような関係である。「流」というタイトルは人間が綴っていくものを指しているのだろうか。

 

主人公の初恋や軍への所属などエピソードも多彩で飽きさせない。引っ越し準備の最中に読んでなかなか集中出来なかったのだが、それでも面白く読めた青春活劇であった。

 

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