峠(中)

司馬センセー登場人物多いよ!もともと少ない脳味噌キャパが、コロナの自粛によるコミュニケーション不足でさらに退化しているような気がする今日この頃、出てくる人のいちいちを飲み込もうとしていると話が進まないのである。

 

枝葉に囚われすぎないように注意してとりあえず一通り読んでみる。そこはもちろんセンセーですので面白くてホウホウと読み進められるわけなのだが、ひとつひとつの出来事に注目しすぎると大きな流れがぼやけてしまう。

 

何故こんなに多くの人が出てくるのかというと、さまざまな人の存在自体が、特に歴史物というジャンルにおいて必要だからなのではないかと思う。

 

現代物の小説は同じ時代の文化や感情をある程度共有していることを前提にストーリーが展開される。しかし時代物や現代の日常と異なった社会を舞台にした小説の場合、前提となる背景を共有しないと登場人物たちの思想信条を理解することが難しくなる。幕末のことなんざ詳細に説明してもらわなくたってわかるわい!というお好きな人も多くいるだろうが、だとしても前提条件の共有は物語を総べる上で必要不可欠だと思うのだ。

 

1996年の没後も未だに根強いファンが多い司馬遼太郎。本書に関しても友人知人の結構な割合が読んでいた。彼はどんな立ち位置で小説を書いていたのだろう。どのみちものすごい博識の人だったのだろうが、ご自身の知っていることを皆が知っていることとして書く人でなかったことは確かだ。

 

読者にわかりやすく時代背景を伝えるためには、これくらいの多くの人を登場させ説明を反復するのが必要だよなあと思ったりしたのかなと思うほど、繰り返される説明や登場人物たちの心情は細やかである(人によってはクドイと感じる人もいるだろう)。

 

登場人物の多いもう一つの理由は時代背景そのものだろう。時代の境には色々な人間が現れる。世の中に必要とされる人間は時代によって変わる。戦国の時代に必要な人、平時に必要な人、武人として必要な人、経済人として必要な人。

 

物事を始める人、終わらせる人。

 

そういった人は元から素養を持って生まれ、天才的な存在として来るべき世に現れるのかと漠然と思っていた。しかし実際は生まれ育った時代や周囲の人間、そして後天的に自らが手に入れた知識によって、その時代に必要とされる人間は作られるのだろう。

 

少なくとも河合継之助は生まれ持った素養だけで生きてはいない。天才的に世の中を観察する目を持っていたようだ。しかしそれはあくまで手段であり、世の中を知るためにさまざまな人々を見たり、交流して意見を聞いたりした。色街の人間、外国人の商人、同門の学徒、徳川幕府の終焉に立ち会うことを半ば覚悟した幕閣まで。

 

この先の世はどうなるのか。その中で自分の目的を果たすためには何が必要なのか。何が出来るのか。賢い人愚かな人、決断力のある人ない人、考えることをする人しない人、器用に立ち回る人不器用にしかやれない人。それらが一体となって次の世を作っていく。

 

徳川幕府の終わりが近づき、新たな世界で覇権を握るべく徳川家と天皇を担いだ代理戦争が始まる。諸外国とは交流が盛んになり圧倒的な力の違いを認識させられるなか、自藩の立ち位置をどうすればこの乱世を生き残れるのかを河合継之助は考える。

 

武士の時代は終わり幕府が無くなるのも間違いない。この先の日本は経済が力を握る世の中になる。そのために先祖代々のものだった徳川家由来のお宝を売っ払い、賭博や妾を禁止したり投機をしたりして藩に蓄財した継之助は手にした資金で武器を調達する。日本で初めて機関銃の祖先であるガトリング砲を手に入れたというのは有名な話らしい。

 

継之助は長岡を日本のスイスにしたかった。永世中立藩として幕府がなくなっても新政府と反りが合わなくても自主独立して生きていくための方策を探っていた。あくまでも未来を見据えた視点だ。

 

だが継之助はあくまでも武士だった。武士であることは世の趨勢から外れることだとわかっていても武士であることをやめないことは彼の中に矛盾を生む。矛盾していることを理解していても、彼の精神としては矛盾はないのだろうがここに悲劇の端緒を感じる。

 

福沢諭吉は継之助と同じ武士の時代の終わりと徳川幕府の終了の結論を得たが、新しい概念であった自由と権利(権理)を利用して教育を行うことを選んだ。これもまた未来を育てる行為だ。同じ未来を予想しながら選んだ選択の違いは彼らを別々の場所導くようだ。

 

しかし作家ってのは将棋とか囲碁の名人が何百手も先の手を読めるってのと同じ種類の能力持ってるんだなと思いながら読んだ。実在の人物だからとかいうことでない。何を選び誰を動かすのか。ひとつひとつは小さな流れが大きな流れを作っていく。お見事です。

 

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