このあいだ観たジョーカーのホアキン・フェニックスがあまりに良くて彼の出演作を調べてみると、グラディエーターの皇太子役が良かったらしいとか、この本が原作のゴールデンリバーが良いという評判を聞いたのである。こういう時は優先してその本を読むことにしている。本との出会いはタイミングだ。結果この小説も非常に良かった。良い作品は良い作品を呼ぶのだ。
女に惚れっぽく純粋だが暴れ出したら我を忘れてしまう太っちょの弟イーライ、計算高くて陰険でアル中の兄チャーリー。二人は凄腕の殺し屋兄弟シスターズブラザーズとして名を馳せていたが、雇い主の提督の命令である男を殺しにサンフランシスコに旅立つ。
ゴールドラッシュのアメリカ西海岸を舞台に蠢く殺し屋と山師たち、となるかと思いきや前半は目的地こそ決まってるものの、兄貴は酔いどれ、弟は恋人探しのいきあたりばったり旅。
この二人は本当に凄腕の殺し屋なのか?と訝しむレベルであるが、ゴールドラッシュに惹かれて集まってくるものたちがもう胡散臭い人間しかいない。乱暴者と乱暴者がいらん摩擦を起こして暇潰しのように喧嘩する。
悪党が主役の物語において、いくつかある好ましさのポイントは可笑しみと可愛げである。
悪党どもはチャーリーとイーライの兄弟を筆頭にみんな少しずつ可愛げがある。胡散臭さと可愛らしさ、しかもどこか滑稽さを抱えているから内容がハードでも魅力的だ。悪党ではないが、イーライの馬タブのいじらしさと可愛らしさにも胸を鷲掴みにされる。
前半は酔いどれいきあたりばったりロードムービー寅さん風味もあるよ、てな感じで進んでいくのだがこれがなかなか良い味を出している。そして後半のあのレシピを巡るエピソードになると俄然スリリングで目が離せなくなる。
しかしそこでも遺憾なく発揮される胡散臭さと滑稽さ。どうしてそんなことをするの⁈と問いかけたくなるような凄腕の殺し屋によるおバカなやり方を何だか憎めない。いや、もはやこの兄弟のことをちょっと好きになっている。この本は当たりだ。
イーライはチャーリーを憎みながら必要としている。チャーリーもイーライを馬鹿にしながら頼っている。粗忽な思考と行動の果てに訪れるカタストロフィに嵐の後のような清々しさを覚える。
余談だが例のレシピは実際のところ何なのだろうと思いながらちょっと調べてみたが当たり前だがわからなかった。化学に詳しい人がいたら教えてほしい。決して人が素手で触ってはいけないようなもので出来てるんだろうな。