作者はこの本を刑務所で書いたと読んだので、2冊続けて悪党の本かとちょっと身構えたのであるが違った。この本は悪党の話でなく青春と若さと普通の人を描いた本だった。
『2003年3月に始まったイラク戦争は正規軍同士の戦いとしては1ヶ月余りで終結したが、そこから2007年あたりまでが米兵戦死者の増大した時期だった。いつ即席爆発装置(IED)で吹き飛ばされるかわからない日々を送ったウォーカーは、帰国後、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされた。』
主人公は中流家庭に生まれ育ったわりと気の良いニイちゃんである。若いので好きな女の子とセックスしたいし、友達とカジュアルに酒や大麻を楽しみたいし、勉強はあまりしたくない。でも自分も何かした方がいいのではないかと軍に入ることにする。別に強い愛国主義者ではなく、高尚な意志があるってほどの話でもない。
優しい男。普通の人間。主人公はちょっと頭が悪いけれども憎めない男である。実家は経済的に不遇なわけでなく奨学金な様子でもなく大学に通えるし、友人や彼女もいる。むしろ普通より少し恵まれている部類の人間かもしれない。
戦争に行って普通に生きていたら見なかった光景をたくさん見てしまった主人公は心を病んでしまったのだろう。帰国後、妻と上手くいかなくなり、ヘロインやオピオイド(麻薬系鎮痛剤)の中毒となりお金もなくなり行き当たりばったりに銀行強盗を行う。11件目の犯行で逮捕され服役中に本書を書いたのは作者であり、ほぼ私小説のような作品である。
こう言ってはなんだが子供の描いたような文章である。「◯◯はすごいと思った。でも俺は◯◯だと思った。」みたいな。ほとんど情緒を感じないし、知性もあまり感じられない。巻末の作者の謝辞を読むとギリギリで感じさせる愛敬は編集者がだいぶ内容いじったのではという疑念が生じるほどだ。
しかし実際の世の中は本当はこんな人たちで出来ているのではないか。好きな人が出来たらその人に触れたいし愛しあいたい。友達とはしゃぐ時にはドラッグやお酒の力でガソリンを入れて(日本的にはドラッグはマズいが)楽しみたいし。それでも若い自分には何か出来ることがあるはずだと一念発起し一度決めたことはやり遂げてみたい。
非常に普通である。皆が高尚な志を持っているわけではないし頭が良いわけではない。犯罪を犯したからといって必ずしも絵に描いたような悪人ではない。しごく普通であるという曖昧なことが、日常と非日常、平時と戦争状態の境目を浮き立たせる。
平山夢明ほど劇的に残酷でない。淡々と続く戦場のシーンは実際はそういうものなのかもしれないなと説得力がある。タイトルのチェリーには日本で一般的なアレの意味だけでなく新兵の意味がある。戦争には大抵若い人間が行くのだ。