原発列島を行く

原発を
なんのヘチマと思いしに
知るに知るほどことの多きに」

作中にある、毎日、原発政策の見直しをハガキで訴える前田トミさんが作った短歌である。原発は難題が多すぎるという。


本書は、週刊誌に断続連載されていたルポタージュに手を加え、2001年に出版されたもの。東日本大震災の福島第一原子力発電所事故の起こる、ちょうど10年前である。

著者と様々な地域の人が、懸念していたことが、現実になってしまいましたね。

青森県六ケ所村。岐阜県東濃地区。山口県上関町。島根県鹿島町。福井県敦賀市。愛媛県伊方町。青森県大間町。石川県珠洲市。鹿児島県馬毛島。茨城県東海村。鹿児島県川内市。青森県むつ市・東通村。新潟県柏崎市・刈羽村。福島県双葉町・富岡町。新潟県巻町。北海道泊村。静岡県浜岡町。

本作には福島の原子力発電所を含め、全国の原子力発電所を有する地域、中間貯蔵所の候補とされていると思われる地域が出てくる。まあ、この狭い国の津々浦々に、よくここまでといった感じである。

それにつけてもわからないのだ。原子力発電というものが。

どうして、そんなに原子力発電所や中間貯蔵所を作るためのお金があるのか。

誰が作りたいのか。どうして作りたいのか。

どうやって作ろうとしているのか。それは本当に可能なのか。誰が判断しているのか。

出来たものを管理できるのか。事故が起きたら、どういう被害が想定されるのか。それに対応できるのか(どうも、出来ないらしいことは、福島で証明されてしまいましたね)。

自分はどれくらい原子力発電所で作られた電気を使ってきたのか。それなしで生きることはできるのか。

本書を読んで、私は原発について何もわかっていないということがわかった。

普段自分は、わからないことは、とりあえず調べて試してみればいい、と思う人間だと思っている。TVの映る仕組みも、パソコンの中身も、知らなくても使うことはできる。

しかし原子力発電って、わからない人間が多数のまま触っていいものなのか。

覗いた穴の奥の暗さにゾッとしながらも、開いてしまった穴は、塞いでなかったことにすることもできない私たちは、せめて理解を深め、政治と世の中に関心を持ち、物事が悪化していかないよう監視するしかないのかもしれない。

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