ボグ・チャイルド

  成長期の少年には長距離走がよく似合う。そう思ってしまうのはアラン・シリトーの「長距離走者の孤独」や吉田秋生の「カリフォルニア物語」を思い出すからだろうか。長距離走はいつ終わるともしれない長い距離を一歩ずつ進んでいくしかない。その地道でもどかしい歩みが、成長期の葛藤や矛盾ととてもよく似合うと思うのだ。

 主人公ファーガスは北アイルランド国境付近に住む高校生。理系科目と長距離走が得意で、次の試験で良い点を取って、イギリスに行って医者になるのが夢だ。紛争が続く故郷を離れて生きたいと思っているのだ。

  ある時、叔父とともに泥炭を盗掘しにいった湿地で、泥に埋まった少女の死体を見つける。その少女はとても穏やかな表情で死後間もないのではと思えるほど綺麗な状態だった。

  ファーガスの兄ジョーはアイルランド独立を目指し政治犯として投獄されている。おりしも政治犯の収容者たちが過酷なハンガーストライキを行い自ら死に向かうなか、ジョーもストライキを始めてしまう。

 ボグとは酸性の泥炭が堆積している湿原のこと。そんなところで見つかる少女の死体ってどんなおどろおどろしいストーリーかと思ったら、家族思いの少年の成長と初恋譚がベースの話だった。

  しかし舞台は生易しい時代ではない。サッチャー政権下、アイルランド紛争真っただ中の北アイルランド。兄ちゃんは投獄されてストライキ始めちゃうし、友達もその手の活動に参加していそうな子がポツポツ。ファーガスも得意のランニングを利用されそうになってしまう。

 生きるのが大変そうな土地だ。農業をするには栄養がなさそうなだし、そんなに栄えた町がある風でもない。テロを恐れて観光客も減ったともある。

  描かれるこの地の人々は不遇にたえ、粘り強く辛抱し、うちに強いものを秘めた情熱家のようにうつる。テロリストとして描かれる人物も狂信的な面よりも、信じる道を歩いてきたら、いつのまにか遠くまで来てしまって帰れなくなった子供のようにも感じられる。

 ボグ・チャイルドとは誰だったのか。読み終わるとその疑問にたどりついた。ボグで生まれ育った子供たちが目指した未来はどこなのか。終盤にホッとしたと思ったら、最後でガツンとやられた。

  2009年カーネギー賞受賞作。少年の成長譚の中に垣間見える人間の生きる道についての物語。良書だった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です