マクソーリーの素敵な酒場

1930年代以降にかけてニューヨークを舞台に、市井の人々の人生を記者のジョゼフ・ミッチェルが切り取るそれぞれの一代記。軽い気持ちでアメリカの古い酒場のことが書いてあるのかなと手に取ったら、ニューヨークの市井の人々半端ないっす。パンチのある人ばかりが、ぞろぞろ出てきた。

 

   ニューヨーク最古の酒場であるマクソーリーズは、バワリーが終わるクーパー・スクウェアの目と鼻の先にあり赤煉瓦長屋の1階を占めている。白いマグに注いだエールビールを夏は冷やし、冬はストーブで温めて売り、ソーダクラッカーに生の玉ねぎとチーズという決まったランチを無料で供した。マクソーリーズは女人禁制で間違えて入ってしまった女性は創業者のオールド・ビルに丁寧に退去を促されることになった。

 姉御肌のメイジー・P・ゴードンはバワリーの有名人。うらぶれた小さい安映画館、ヴェニス劇場の切符売り場を束ねてきた。バワリーでは安映画館は安酒より少し下の位置づけで、暖をとったり、寝床をもとめる浮浪者に愛される場所だった。メイジーは映画館の用心棒を兼ねていて、映画の重要なシーンで高いびきをかいたり、暴言を繰り出す浮浪者の客がいると叩き出す。

 そして、そのあとにいくばくかのこづかい銭をやって「あんなとんでもない真似をやめたら恋人になってあげる」と言って送り出すのである。仕事が終わると街を歩き回り、浮浪者が道で寝て凍死しないようにホテルに泊めてやったり、こずかいをやったりして歩き回る。

 ジェーン・バーネルは生えている立派なひげで、アメリカ女性の誰よりも長く見世物芸人をやってきた。子供のころに母親にサーカスに売られ、その後、紆余曲折しながらも見世物小屋芸人としての人生を長く歩むことになった。

 その他にも、1933年に著者が出会ったセントラルパークの洞穴に二人で暮らす夫婦。街中で悪口雑言を聞くと、「誹謗中傷をやめよう」と書かれたカードを配り、世の中から悪い言葉をなくそうとする老人。ニューヨーク・ステーキディナーまたの名を「ビーフステーキ」と呼ばれるイベントで、6ポンドの肉を手づかみで平らげながら、30杯のビールを飲む男たち。

 アメリカでは世界恐慌の余波が著しく、日本は満州事変や二・二六事件のころか。それほど昔ではないのに、隔世の感が強い。文章は淡々とつづられ、登場人物にパンチはあるが、メリハリはないので少し読みずらいと感じる。お行儀はともかく食べ物、飲み物がおいしそうではある。登場人物の孤独、厳しさ、優しさを、誇張するでも矮小化するでもなく描くさまは、何か動物を観察する生物学者のようだった。

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