直近の直木賞受賞作には何となく共通点を感じる。2018年の「宝島」で沖縄、2019年は本作「熱源」でアイヌ民族。独自の魅力的な文化と歴史的背景を持ちながら、日本の近現代史において多大な被害を被った人々や地域である。
被害が甚大であったわりに(甚大であったからか)なかなか詳細なスポットライトが当たらず、かつ他所に住む人間にはその歴史について安易に触れるのを憚られる雰囲気があるように思う。当事者ではない作家たちが描く物語はそんな閉塞した空気感を取り除く一助になるだろうか。
恋人を失い兵役に服することにしたソ連の女性兵士。アイヌの孤児だったヤマヨネフク。ロシアで政治犯として樺太へ流刑されるポーランド出身のブロニスワフ・ピウスツキ。多角的な視点で綴られる物語は興味深いが、どの登場人物にも寄りすぎることなく大きな流れの一部として語られる。
西郷隆盛の影響を色濃く残す北海道開拓の和人やアイヌの言語を研究する立ち位置で登場する金田一耕助。南極探検隊と支援をした大隈重信など折々のエピソードを盛り込みながら綴られる物語は「へー、そうなのね」という勉強にはなるが今ひとつ真に迫って来ない。
お!盛り上がってきたなというところで場面が別の人物に転換され、次に登場するときは結構な時間が流れている辺りの構成が若干物足りなさを感じさせるのではないかと思う。
第二次大戦時の日本降伏直後のサハリンにソ連の女性兵士を登場させアイヌの女性との交流を描くことで、激動する戦時下での女性の生き方を描こうとしたのか。
ポーランド出身でロシアにより長く政治犯として樺太に流刑されたブロニスワフ・ピウスツキは、アイヌ民族の研究に没頭しアイヌ人の女性と家庭を築きながらも、母国の独立の助けにとひとり帰国する。ドイツのポーランド侵攻を絡めることで、報われなくとも断ち切れない国と人のアイデンティティについて描きたかったのか。
考えさせられるシーンは確かにあるのだが、いまひとつ乗りきれなかった。近現代の歴史を複数盛り込みながら物語を展開させて、読者の興味を飽きずに引き続けるのはのは難しいことなのだろう。
読み終わってからしばらく感想が書けなかった。理由は恐らく私の中に罪悪感があったからだ。虐げられ、搾取されてきた人々を取り上げた物語を好みか好みでないかで語って良いのだろうかと無意識に躊躇していた。しかし躊躇するということ自体がどこか対象を下に見るような気もしてきて、ますます軽はずみにものが言いづらい。
いつか罪悪感を感じることなく、素直にこんな本の感想を言えるようになるとしたら、それは一体どんな時なのだろう。小心者でお調子者の乱読派はつい考え込んでしまうのである。