上巻で若者たちの成長譚は終わる。後は地獄の道を果てしない奈落(あるいは天空)に向かってひた走るばかり。
ティオを密告したのは誰なのか。組織内の内紛を招くためケラーによって計算された罠にかかり、黄色毛メンデスを密告者として復讐を企てるアダン。
黄色毛の妻や幼い子供を惨殺し、他のライバルたちも暗殺することでアダンは一線を越える。カルテルの権力を一手に握り、支配力を強めるために。
下巻の中盤は、ある意味ビジネス書として興味深く麻薬ビジネスの移り変わりが描かれる。
アダンは選ばせる。銀か鉛か。味方となって銀(金)を得るか、敵となって鉛(玉)をくらうか。
従来のピラミッド型(ネズミ講のやつ)だった組織を、バレーラ兄弟を唯一トップに置く平面的構造へ。バレーラ兄弟と取引するマフィアは全て公平。何重にもいるボスたちに多重的に搾取されることはない。
麻薬を持ち込むための通行料、もといみかじめ料率を下げ、麻薬の運搬に付随する警護や物流を有料で提供する。安く多く売って、シェアを広げそれを一手に握る。アダンのバハ改革。新時代の麻薬ビジネス。
NAFTA 北米(麻薬)自由貿易協定とは毒の効いたシャレを言うもんだ。麻薬が合衆国に行き、現金が中米に来る。国境の警備体制がNAFTAによって緩和されたため、この取引は以前よりずっと楽になる。
カルテルはドル建ての短期国債を買い、組織が資金を引き出したせいで、大統領はペソを切り下げざるをえなくなる。そこで盟約団は国債を現金化してメキシコ経済を崩壊させた。メキシコ政府は国債を償還するだけの現金を持たず、資金はメキシコから逃げ出す。
メキシコ大統領は、その巨財で経済を活性化させ国の借金を支払うため、麻薬王たちに頼らざるをえなくなる。メキシコが破産宣告を受ける直前、アメリカはメキシコ経済再建のため融資をせざるをえなくなる。
ペソをドルに換金してからアメリカの緊急援助が実施されるまでの間、カルテルは価格の下落したペソをドルで買い集める。そしてアメリが巨額の融資に踏み切った時、ペソはふたたび高騰し組織は莫大な資金を得る。
「地獄車」とでも名付けたくなるようなこの麻薬ビジネス構造。共産主義に対抗しようとするあまり、メキシコとずっぶずぶになっていく合衆国。南米右派抵抗勢力に武器を供給しながらも、麻薬畑を抱える左派政府勢力から麻薬を仕入れるため左派勢力とも武器を通じて取引することになるメキシコ麻薬カルテル。
各国の政治の思惑、カルテルの抗争、そしていっそ共存することが不思議に思えるくらいの家族や愛する人たちへの想い。ぐるぐる回って巨大になっていく怒涛の流れに圧倒され一気に読み終えた。