「鋼と羊の森」を読んで、どんな繊細な女性が書いてるのかと思ったら、ツッコミ上手のおとぼけ母さんだった。そういうものだ。本書は宮下奈都による、家族で過ごす山村留学体験エッセイとでも呼べばいいのだろうか。
福井在住だった著者一家は、夫氏の強い希望で、北海道に期間限定の山村留学をすることに。場所は大雪山国立公園の中にあるトムラウシと言う集落。アイヌの言葉で花の多い場所を意味するこの山は標高2141メートル。北海道で2番目に高い山。山村というか、もう山です。
この夫氏が、ふるっている。「僕、大学に行くつもりでいるんだけど大丈夫?」と仕事を辞めた父親を心配する息子に、「大丈夫、大丈夫、そのうちママの本が売れるから」って(確かにこの山村留学中に執筆したという「鋼と羊の森」は、映画化もされ、大いに売れたとは思うが)。なにそのスナフキンみたいな生き方。妻子持ちのスナフキンてどうよ(さすがにこの山村留学を終えた後は、再就職されたようだ)。
上手いんだ。著者のツッコミや合いの手が。北海道の大自然の生活に充実感を感じまくっていた著者は、夜な夜な恐ろしい夢を見るようになり、原因は不整脈だと判明する。大きな環境の変化に心臓がどきどきしてしまったのかもと思った著者は、心臓をいたわることにする。「心臓、お疲れさま。ゆっくり休んでね。嘘だけどね。休まれちゃ困るんだけどね」
子供達も、隙あらば面白い。ふと見ると壁に向かって逆立ちしている娘「こうすると、からだじゅうの脳みそが頭に集まって、よく考えられるの」。からだじゅうの脳みそ、笑。歌番組を見ては「この人たちって、何ザイルだっけ」。エグ以外に答えがあるのだろうかとツッコム著者。将来の夢が「大家さん」の長男は勉強せずに、朝から晩まで部活のバトミントンに明け暮れる。慎重派のため作中で名前を出さないでほしいと言ったばかりに、「漆黒の翼」→「英国紳士」→「ボギー」とあだ名が変えられてしまう次男もマイペースである。
以前から乗り物に乗ると脈が早くなり、息ができなくなったり、涙が出たりしていた著者は、不整脈の治療の中で、それがパニック障害だということに気がつく。のんきなのか。かなり生きづらいし、大変なこともあっただろうに、そこはそれとして生活の様々を面白がり、常に環境を楽しむつもり満々の著者。
山村留学で出会うお隣の家の娘さんは、とても出来が良くて、街の学校に進学することになるが、その後、原因不明の体調不良で身体が動かせなくなり、一時は車椅子を余儀なくされる。その後、小規模の学校に転校することになり彼女は復調する。
人間は特徴も性格も人それぞれだ。夢のような自然に恵まれ、暖かい人たちの中で成長しても、どこでも誰とでも生きていける強い人間ができるとは限らない。乗り物に乗れなくて外に出られないのなら、ウチで出来る仕事を探せばいい。大人数が合わないなら、少人数でやっていける場所を探せばいい。マイペースとは自分勝手にすることではなくて、自分の特徴をあるがままに受け入れ、目の前にある環境を楽しみ生きていくことか。不自由であることは、マイペースであることと矛盾しないのだ。ウフウフ笑いながら読了し、なかなか学ぶところの多い読書であった。
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