千葉県銚子市沖上でパラシュート・アンカーによる漂白をしていた漁船第58寿和丸は強い衝撃を受けた後、わずか1〜2分で沈没した。13人の命が犠牲になり、かろうじて助かった3人はドロッとした黒い油が浮かぶ海で救助された。
衝撃は何によるものだったのか?
なぜ短時間で船は沈没し、周囲には大量の油が浮かんだのか?
2008年に起きたこの事故のことをぼんやりと覚えている。海のことにまったく疎い自分の印象に残っているということは、当時ある程度メディアで取り上げられたということだろう。
漁業という仕事が危険と隣り合わせなのは想像に難くなく、海の事故で犠牲になる人が年間にどれほどいるのかわからないが、新聞やTVニュースで大きく取り上げられたということは海難事故の中でもインパクトのある出来事であったことが窺える。
救助された人の証言から衝撃から沈没までが1〜2分しかなかったということ驚いた。不謹慎だが映画「タイタニック」や「ポセイドン・アドベンチャー」などから連想するに、いかに大きさが違う船とはいえそれほどの短時間で船が沈むものなのかと思ったのだ。調べてみるとタイタニックは沈没まで2時間40分の時間を要しているそうだ。
水深5,000メートルの海に沈んだ船を引き上げるには膨大な費用が必要で実際の船で事故の検証をするのは不可能だった。具体的な証拠がないなか、事実を追求するにはどうしたらいいのか。ジャーナリストの見事な仕事を見る本だった。
最近SNSやネット記事などで他意しかない文章、他意なのか本意なのか書いた人間に自覚があるのか怪しい文章ばかりが目につき辟易して、ちゃんとした美しい文章を読みたいと思っているところだった。
ニュートラルな視点と地道な取材・調査、そして他意のない文章。文章として美しく感じる箇所もある。俄然、著者のファンになった。他にも何か本を出していないのかと調べたがなんと本作が一作目の本であった。調査はまだ続いているそうだが、ジャーナリストの仕事とはかくあるべきというものだった。
著者は人と繋がることに手間を惜しまない。異なった可能性があるときには相反する立場の人間それぞれに直接会って話を聞こうとする。取材開始から2年以上が過ぎた頃、取材先は延べ100人近くになっていたという。対象は30代から80代まで、その道の専門家もいれば、技に長けた漁師もいた。
今回の場合、事故が起きてから時間が経っていることもあり、現役を退いた役人や専門家などが多かったせいもあるのかもしれないが、まず取材対象に取材内容と目的を手書きで綴った手紙を出したそうだ。複数の対象に何度もである。
事実の追求が難しい事故において、地道な取材は当初噂半分に囁かれていた説の信憑性を強めていく。本作の最終的な結論はまだ出ていない。しかし著者は引き続き取材や調査を続け、情報公開をめぐる国との裁判を続けているそうだ。
非常に粘り強い狩人の狩猟をみているような気持ちになった。著者が長い時間をかけて追いかけているのは動物ではない。どんな立場の人間も理不尽に命を奪われることがあってはならないという人間の尊厳と、未来の事故防止につながる事実を追求しているのだ。