ナイトホークス〈下〉

私は、特に暗所恐怖も閉所恐怖もない方だと思うが、得体のしれない暗闇を、出てくる敵の陰に怯えながら進まなければならないのは、人の体験の中でもっとも恐ろしい恐怖のひとつだろうことはわかる。


ナイトホークス下巻へ。
原題はブラックエコー。ブラックエコーとはヴェトナム戦争時代に、ボッシュたち兵士が行なったトンネルネズミと呼ばれた任務遂行のこと。

ヴェトナム戦争においてトンネルはヴェトナム軍の要塞であり、中にはヴェトナム兵が潜み銃撃戦が起こり、各所にトラップが仕掛けられていた。

内部構成を知らずに挑むしかなかった米軍のトンネルネズミ達は、多くが死傷し、兵士たちに深い傷跡を残した。

いつ敵が出てきて殺されるかもしれないトンネルに入り、その暗闇を進んでいかなければならない恐怖。それは若かった兵士たちの精神を蝕み、ボッシュは未だに悪夢に苛まれている。メドーズはその結果、トンネルの暗闇と恐怖に囚われ、身を滅ぼすようになる。

ボッシュは、メドーズをトンネルに置き去りにしまったことに、長く罪悪感を持っていた。刑事として新たな道を生きていたボッシュは、トンネルを使った銀行強盗事件と遭遇する。事件は新たな目撃者の犠牲を生み、ボッシュの罪悪感はいや増していく。

本作ではヴェトナム戦争終結後の米国が舞台だか、登場人物達において戦争は全く終わっていないかのようだ。直接戦場に参加したもの、その指揮をとったもの、家族が参戦していたもの、それぞれが未だに戦争に支配されて生きている。

娼婦だった母親が名付けたという主人公の名前、ヒエロニムス・ボッシュ。不幸な生い立ちと戦争によるPTSDを抱えたボッシュは、一匹狼として警察組織という身内にも疎んじられ、罠にはめられながらも、優れた捜査能力で確実に事件の真相を手繰り寄せていく。

事件の展開や真犯人には意外性はないものの、浮き足立たないストーリー構成や人間味のある主人公の描き方。これが作者の処女作だったというのだから当時はさぞかし話題になったことだろう。

やはり長く人気のシリーズには理由がある。この純情で、傷ついていて、とびきり有能な男のシリーズを、今後読み進めるられるのが楽しみだ。

 

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