ギケイキ:千年の流転

最近、歴代の徳川将軍を思い出すときは、めっきりよしながふみの『大奥』で思い出すようになっている私だが、こんな本を読んでいると源義経や武蔵坊弁慶について思うときも町田康の義経で思い出すようになってしまう。

 町田康による全力でふざけ、ギャグにまみれた調子で描かれる義経記。思い込みで暴走し超絶能力を身につける義経や弁慶。物事の見た目や体裁に影響され、軽やかに立ち位置を変える鬼一法眼や右大臣藤原師長。すぐ大勢に迎合し、ことなかれで日和見主義の朝廷の人々や加藤景員。

 義経も弁慶も生まれた時から絶体絶命だ。義経は父ちゃんが平家に負けたから子供の頃から復讐を恐れる平家に殺されることを警戒して寺に預けられ、弁慶は母ちゃんの腹のなかに十八ヶ月もいて、えらいことデカく不器量に生まれたばかりに父ちゃんに殺されそうになる。

 判官贔屓ってのは、一見弱そうな人間が「アラ!ヤダ意外と強いじゃない!!どこまでイク?どこまでイク?!あー!やっぱり負けたー」までを無関係の第三者が憐れみつつ、娯楽として面白がることと見たり。

ある人間の悲劇が別の人間の娯楽を生む。人間の志向って本当に因果なもんだ。

 言わずとしれた源義経。幼い頃に預けられた寺で、早業とかいう「常人では考えられないくらいの速度で飛んだり跳ねたり走ったりする技」を身につけながら、平家へ復讐心を育む。

 まずね、ファッションが大事なんだって。「白い小袖、そのうえに唐綾を重ね着て、薄い藍色の帷子を合わせる。白い、裾の大きく開いた袴を穿いて、敷妙といういい感じの、腹巻、といって胴に巻く防具を巻き、唐織のゴージャスな直垂を合わせる。守り刀は紺地の綿で包んで、太刀はゴールドで拵えてあるのを。」

 ハデです。派手すぎます。でも京都の御曹司の子どもで、都会的なセンスに満ち溢れてるらしいからしかたない。そのセンスと美丈夫で周囲の人々を引き付けつつ、菊門を狙われたりしながら京都を脱出。平家討伐のための加勢を求めにあっちに行ったり、古代の兵法書である六韜を手に入れるためにそっちに行ったり。

 辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』によれば、この小説はピカレスク小説であり、ロードムービーであるという。確かに義経は悪漢だ。すぐ人殺すし、オンナをいてこますし、放火するし。あっちに行ったりこっちに行ったりして、これなんなの?謀反のための旅なの?タダの観光旅行なの?という風情。

 弁慶の生まれと育ちを描く箇所は爆笑必至!弁慶はその複雑な生まれからメンヘラだったという設定で、持ち前の腕力を生かした乱暴者で頭も悪くないが不安定な情動。杉に語りかけるところや、坊主になるため頭をまるめるシーンで頭の形の悪さを揶揄されてるところは外で読んでいても声出して笑いそうになる。

 町田康の描くおかしみと滑稽さは妙なリアリティで人間の真実をあぶり出す。もともと人間なんてそんなに行儀のいいもんじゃない。坊主たちはかなり乱暴者だし、主役はすぐ人殺したり火つけたりするし。

 悪漢が力を武器にのし上がるさま。それに惹きつけられたり、振り回されたりする周囲の人々。このガチャガチャした世界で描かれる人間の真実に、大笑いしながら目を離せなくなる。次巻で兄、頼朝との対面をする様子。ますます目が離せない!!

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