桜ほうさら

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いいねぇ。桜の名前をつけた本なら、これくらいのおとぼけ主人公が良い。

しかし、この主人公、古橋笙之介は怒らないね。女性や子どもに小馬鹿にされても。母や兄に、覇気がなくてだらしないと冷たくされても。壮大な陰謀の歯車にされていたことに気がついても。

上総国搗根藩の小納戸役であった笙之介の父は、御用達の道具屋から賄賂を受け取ったとして、藩の目付役の取り調べを受けることになった。

まったく身に覚えのないことであったが、書いた心当たりのない、自身にそっくりの手跡の文書を根拠に罪に問われ、家族への思いからその罪を認め、自ら腹を切った。

気性がそっくりな父親の無実を信じていた笙之介だったが、疑いを覆す根拠もなく謹慎していたあるとき、母に呼ばれ、廃絶になった古橋家の再興のためと言われ、父の無念を晴らすために江戸に向かうことになる。

江戸では、貸本屋の村田治兵衛から、写本作りの仕事を請けたりしながら、父にそっくりの手跡で、偽文書を書いた人物を探すことにする。

と、書いてはみたが、全然探してないじゃないか!のんびり屋さんか!!

居眠りばっかりしてたり。貸本屋から請け負った仕事で、いたずらに夜なべしたり。見兼ねた長屋の住人たちから、ご飯恵んでもらったり。長屋の差配人から、しっかりしなさいよと、どやされたり。

本当に、もうちょっとしっかりしなさいよ!と思いながらも、このどこまでも呑気な笙之介を、長屋の人々と同じように慕ってしまう。

桜の下で見かけ知り合った、桜の精のような娘にたいしても、この娘は賢いと思ったら屈託なく、疑問に思ったことの意見を聞いてみたりする。

飄々というほど格好の良いものではなくて、行き当たりばったりだし、マイペースだし。むしろ格好悪いことばっかりしている。

笙之介は決して諦めたり、達観しているわけではない。つどつど傷ついたりショックを受けたりしている。けれども、人に八つ当たりしたり、やけになるようなことはしない。

親の仇を見つけた時も、最初こそ怒りで燃え上がるけれど、途中でどこか相手に感情移入して同情する始末。

日向の猫かよ!と罵られる笙之介は、最近流行りのアンガーマネージメントの本を読もうかなと思う程度には腹を立てがちな自分には、ある意味眩しい(ちょっとイライラするけど笑)。

背景はシリアスなのだが、彼の根本的な呑気さに、力を抜いて読める。実際にこんな武士が存在したかといえば、なかなか難しいだろうが、リアリズムだけが大切なわけではないし。

むしろ、終盤、父をめぐる陰謀が明らかになり、笙之介を手駒のように操っていた人物が明らかになると、いっそ彼の呑気さが尊いものに思えてくる。

馬鹿にされたから、騙されたから、蚊帳の外に置かれるから、悔しい。そんなことを考えることが器の小さいことなのではないか。プライドよりも大切なことだってある。

長屋の人々は、みんな笙之介のことが大好きだし、策略を巡らせていた人物だって、彼を利用したということは、その純朴さが必要だったのだ。

怒りにとらわれ、それに支配されてしまうよりよほどいい。久しぶりに素直に好感を持てる主人公だった。 桜を待つ季節に怒らない男の物語。なかなか良うございました。

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