牧野富太郎 なぜ花は匂うか

植物大好きおじさんからの植物達へのラブレター。「私は植物の愛人としてこの世に生まれてきた気がします」には痺れた。

Wikipediaによれば、著者の牧野富太郎は「『日本の植物学の父』と呼ばれ多数の新種を発見し命名も行った近代植物分類学の権威である。」

友人にこの人の本を持ちながら、散歩をすると楽しいと教えてもらった。

菊の花はあの大輪の中の一片一片が、雄蕊雌蕊を持った1つずつの花なのだそうだ。一匹の昆虫が飛んでくると、たくさんの花が一時に受精し結実できる。

このように種子を作る仕組みが巧みに出来ている花を高等植物といい、菊は花の中で王者と言われるそうだ。菊が皇室の紋になっているのはそういう背景もあるのだな。

縁起がいいと言われる松竹梅の松は、四方に出る枝は睦まじい一家の団欒を表し、いつも離れず寄り添う葉は友白髪までともに老ゆる夫婦を表すとか。

植物の名前や種別というのは、古い詩歌や文化と深く結びついているものらしい。紫陽花は本当はその漢字ではないとか、その花とあの花は名前は似てるけどまったく違う種類だから、みたいな話が沢山出てくる。

植物学の知識とともに、古い詩歌を改めて知るきっかけにもなる本だ。詩を読むから花の名前を知るのか、花の名前を知っているから詩を読むのか、どちらも日常のものとして生活の中にあったならば、昔の人の風流は日常の中に深く根付いたものだったのだな。

文中にそこはなとないエロティシズムを感じるのだ。あけびやイチョウの章なんかは、なにやらとても卑猥なことが書いてあるような。

植物の繁殖の仕方は多様で、そんな難しいことして子孫を残しているのかと非常に興味深い。

著者は作中で、若者はさっさと結婚して子供増やしなさい!そうでなければ生きている意味はない!!と今の世の中なら炎上しそうなことを書いている。

長年植物について研究していた人なので、その繁殖のためのエネルギーを知っていて、ぼやぼや生きてるように見える若者に我慢がならなかったのかもしれない。

おじさん自然が好きすぎて、富士山噴火したら面白いのにとか、小さい山買って真っ二つにして中どうなっているのか見てみたいとか、ヒトをないがしろにした発言がたまにキズだが、ありあまる自然への愛が溢れる一冊だ。

ロマンチストで、思い込みと思い入れが激しそうなおじさんだ。ここまで打ち込めることに出会えた人生は幸せだったろうなと羨ましく思う。

素敵な装丁だし、身近な植物が沢山出てくるので、持っていて気になる植物があった時に、読み直してみるのがいいかもしれない。

 

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