ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

   トランプの主な支持層と言われる白人労働者階層をテーマにしたノンフィクション。

   「ヒルビリー」とは田舎者の蔑称。アイルランドのアルスター地方から、おもにアパラチア山脈周辺のケンタッキー州やウェスト・ヴァージニアに住み着いた人々で「スコッツ=アイリッシュ」の家系に属す。労働者階層の一員として働く白人のこと。著者は自分と家族、親族をヒルビリーであると言う。

   ヒルビリーたちは強固な自尊心、家族への愛情、それに奇妙な性的偏見を持っていると著者は言う。誇りを傷つけられるのは絶対に許せず、家族への侮辱は暴力をもってしてもそれを許さず、せこせこ勉強をするのは男らしくないというような。

   アル中だが仕事は真面目にして家族を守った祖父、気性が荒くすぐに銃を持ち出したりするが、子供や孫に強い愛情を持ち育てた祖母。

   そんな祖父母に育てられた著者の母親は、優秀な成績で学校を卒業するが、若くして妊娠・出産・結婚・離婚をする。看護師資格はあるものの薬物依存になり、何度も再婚離婚を繰り返す。著者は母親とその時の再婚相手の家と祖父母の家を行ったり来たりして育つ。

   祖母は著者に対して、同じ街で暮らす若者のように環境のせいにせず、精いっぱい努力して勉強しろと口は悪いが言い続ける。

   母親は中毒になっていないときは、やさしくおもいやりのあるいい母親だ。他にも、いつも快く受け入れてくれる親戚の叔父叔母など著者にはギリギリのところで何とか助けてくれる大人たちがいた。

   母親が暴言吐きながら暴走させる車に乗せられたり、罵りあうじいさんばあさんを見て育ったり本当にギリギリだけどね。

   恐ろしいのは貧困や暴力が、諦めを生むことだ。著者は必ずしも世情が悪いわけではないのだという。

   たとえ仕事があっても気に入らないとすぐに辞めて、社会のせいにする。勉強しても、どうせ進学する金などないと諦める(実際はアメリカでは低所得世帯の学生には、優遇された奨学金が用意されることがあるそうだ)。仲間内で、政治家や高所得層の人間の悪口や文句ばかりを言って、うさをはらす。

   自分がどうすれば今の状況から脱却できるかを考えることを、楽だからと放棄する。そのことがさらなる貧困や環境の悪化を招くのだと。

   トランプといえば、登場当初はキングの「デッドゾーン」に出てくる、世界を破滅に追いやる大統領候補グレグ・スティルソンのイメージだった。

   ライブのような選挙戦術とか、危機感を煽るような発言など。こりゃマズイ、スティルソンが大統領になっちゃったよと思っていたが、就任から少したって思うにトランプはスティルソンではない(当たり前だ)。

   最初っから超のつく財力があるところ。おじさんに時々いる「1秒考えてから、もの喋れ」感や、「お口にチャックしなさい」感。それが実なのか虚なのか、善なのか悪なのかはともかくとして、非常に伝わりやすいのだ。

   トランプはわかりやすいから受けているのか。考えることを放棄し、うまくいかないことは環境のせいにする。小気味よくそれを代弁するトランプを応援することで、あたかも何かを成しているような気持になるのだろうか。

   政治信条はともかく、考えることを放棄した先に明るい未来がないのは明らかだろう。

   著者が厳しい環境で育ちながらも、折々に救いの手を差し伸べられたように、子供や青年時代に、自分にはさまざまな可能性があることを知ることは重要だ。努力する意味を知る環境づくりが必要なことを、まざまざと感じる良書だった。

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