好きな生き物は熊と鮫とペンギンだ。この3動物が出てくる本で今までに面白かったのは「羆嵐」「ほぼ命がけサメ図鑑」「ペンギンの憂鬱」。
今回は本作と「羆嵐」「シャトゥーン ヒグマの森」を羆三部作と名付けた人がいらっしゃって、正直「羆嵐」を超える熊本はなかなかないだろうと思いながら読み始めたら、とんでもなく面白かった。
舞台は長野県安曇野、半年前に山で行方不明になった妻の頭蓋骨が見つかった。妻を愛し、大事に慈しんでいた三井周平は悲嘆にくれつつ、遭難したと思われていた妻が遠く離れた場所で見つかったことに疑問を抱く。
フィクションならでは心理描写と構成。そして(誤解を恐れず言うなら)エンターテイメント性とストーリーテリング。
寝る前に導入を少し読もうかと思ったら、一気に三分の一読んで寝落ちしていた。疲れてなければきっと徹夜していただろう。次の日仕事休みたいと思うほど続きが気になる本は久しぶりだ。
ここまで絶賛しているが、グロい描写もあるので苦手な方はご注意を。ただ、それでもその気になった人には読んでほしい。
これは面白くてとてもよくできた小説だ。見えない恐怖の忍び寄り方。人々の背景の描き方。環境と人間。人間の歪みがもたらすもの。
読み進めるにつれ、えっ!もう終わっちゃうよ。大丈夫?!あれもこれもまだ分かっていないけどと焦るが、伏線もちゃんと回収される。これが文庫本327P程度で表現されることに驚きを隠せない。
ヒグマはアイヌ語では山の神を意味する名前で呼ばれるという。肉を食べて、毛皮を使い、肝は薬に用いられる。ありがたい自然の恵みでありながら、神であるがゆえに時に人に祟る。
熊嵐のモチーフになっている三毛別羆事件について何かで聞き及んだことのある人も多いことだろう。あの事件に興味を持ってしまうのは、非常に残酷でありながら、どこかで人間にはままならない神聖な世界に畏敬の念を覚えるからではないだろうか。
試される人間たち。三井は羆と対決する際、妻 杏子と同じ血肉になるのも悪くないと死を覚悟しながら、それでも自分の生存本能に従い勇敢に戦う。神と対峙する時、人は自分に嘘をつくことはできない。
エンターテイメント性に優れ、長くない文章で物語を的確に紡ぐ作家さんだ。別の作品も続々と読みたいと思ったら早逝なさっているらしい。本作も友人たちの手で単行本化されたという。
大変惜しいことだ。とりあえず作者のご友人たちと羆三部作を教えてくれた方に感謝したい。