ザリガニの鳴くところ

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子供の頃には動物に育てられた子どもの話をいくつか見たり読んだりした気がする。今になって調べてみるとセンセーショナルな内容に対して実際には真偽を疑われるようなケースも多いようだ。最近あまりその手の話を聞かなくなった気がするのは、当時の話は途上国に対する物見遊山やスラムツーリズム的な視点があり、真偽も含めいかがなものかということになったからだろうか。

 

とはいえ「鬼滅の刃」の伊之助は猪に育てられた設定になっているし、本作は親兄弟に置き去りにされ鳥や自然に育てられたとも言える少女が主人公である。いつの世にもヒトは扇情的な設定に目を引かれてしまうということか。ただ実際にちゃんとした人間に育てられなかった子どもが生存・成長できるとしたら、少なくとも本作の主人公くらいの年齢と物心は必要ではないかと思う。

 

なかなか話題になっている本のようだったのだが、少し前に読んだ「沼の王の娘」や「闇の奥」など水辺で人間が、特に子どもが酷い目に遭う読み物には若干辟易していたので引き気味だったのである。しかし読んでみて良かった。これは物心つく頃には家族を失っていた少女が自分で生きる力を身につけ、自分が自分であるために懸命に生きる話だった。

 

湿地の少女と呼ばれた主人公は父親と、母親、兄姉たちと自然あふれる水辺の家で生まれ育つ。自然あふれると言えば聞こえはいいが実際はホワイトトラッシュと呼ばれる白人貧困層の家庭が住む場所を選べなかっただけである。経済的に恵まれないから不幸を呼ぶのか、不幸が更なる貧困を呼ぶのか。

 

父親は酒に酔って暴力を振るい、母親はある日子どももろとも夫を捨てて家を出て行く。子どもたちも父親の暴力に耐えきれず1人また1人と家出をし、末っ子でまだ幼かった主人公は父親と2人家に取り残されることになる。

 

この辛い内容の本を読めるのは作者が学者であるためかどこか視点が客観的だからではないかと思う。物語の半分は主人公の少女の一人称で綴られるが、彼女は否応なく非常に難しい立場に立たされているにも関わらず、それに卑屈になったりする様子があまりない。

 

少女は日々をどうやったら生きていけるかを全力で模索する。暴力的でお金もほとんど渡さずコミュニケーションもままならない父親。食べる物を手に入れるために幼いながらに母親のしていた料理を真似し、なんとか食事を作る。友達は水辺に集まる鳥たち。その美しい羽を集めることで自分の知的好奇心を満たす。

 

少々出来過ぎの感はあるがその後の活躍を考えれば、彼女の生まれ持った賢さや強さは幼いころから発揮されていたということなのだろう。

 

この物語のもう一つのポイントは数は少ないが主人公にとって救いになる人間が現れることである。船着場の店主は主人公の窮状に気がつき、彼女の意思を尊重しながらも生きて行く手助けをする。幼馴染の少年は少女に言葉や本を読む楽しさを伝え、初めての恋も教える。

 

物語の半分を占めるミステリー要素は主人公の置かれた環境を外部から見ることの手助けも兼ねて飽きさせることがない。美しい自然の描写はこれが都会の貧困層で起きたことならまた違う結末になっただろうと思わせられる。

 

この手の物語にしては珍しく主人公がもっと恵まれた環境にいられさえすればとはあまり思わなかった。最適解かどうかはともかく、一つの適解ではないかと思うのだ。不遇な状況にあっても自分らしく生きようとする彼女の賢さと強さに憧れを覚える。彼女は自力でザリガニの鳴くところにたどり着いたのだ。これは良い本だった。

 

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