ヤクザが異事業を立て直すというファンタジーのようで地に足のついた大好きな任侠シリーズの第四段。今回は銭湯である。
このシリーズは文化事業好きのヤクザの組長が、持ち込まれる畑違いの再建話に食いつくというのが初期設定なのであるが、今までは出版社、高校、病院とわかりやすく文化的事業であったのだが銭湯ってちょっと外れてないか?と読み始めたのである。
しかし、よく考えれば、今でこそ各家庭に風呂がついているのはほぼ当たり前だが、少し前まで各戸に必ずしも風呂はなく1日の終わりには銭湯に行くというのが庶民の生活だったのである。
銭湯で風呂に入り身体を清め、湯船で温まり疲労回復を促す。まさに公衆衛生の最前線ではないか。作中では銭湯には税金、水道代の優遇や補助金があることが出てくるが、それはとりもなおさず銭湯が公衆衛生を守る場であるということの現れなのだ。
最近でこそタトゥーに対して若干寛容な動きも出てきたが、スーパー銭湯や温泉では嫌煙されることの多い日村たちヤクザの刺青も銭湯では断られないケースがあるそうである。
少し昔が舞台の物語では子どもが銭湯で倶利伽羅紋紋を背負ったヤクザがに水をかけてしまい慄くが、存外ヤクザは優しかったというような構図がよくあったような気がする。
本当の意味での裸の付き合いである。風呂に入る時は無礼講でノーサイドなのだという暗黙の了解を考えてみれば、銭湯とヤクザは違和感を持つような関係性ではなかった。
優遇措置を受けていることも手伝って時代への対応に遅れをとり経営不振となり、人間関係にも悩みを抱える銭湯を経営する家族。阿岐本組はいつものように手始めに徹底的な清掃をすることから改革に取り掛かる。
私はこのシリーズを初めて読んだ時から、どこかビジネス本として読んでいる。業種・職種ごとの特徴を的確に捉え迅速に対処する。部下は上司を尊敬し全力で仕事をし、上司は部下を信頼して仕事を任せ、何かあった時はきっちり責任を取る。
今回は特に中間管理職である日村に対する組長の姿勢が興味深い。仕事に関する漠然とした不安を言語化してくれる組長。休み方を知らない日村を強制的に休ませる組長。世の上司たちの多くが組長のようであったならと願わずにいられない。
ラストはわりとあっさりであったが、今回もヤクザによるビジネス講座は面白かった。とりあえず日村、温泉でゆっくりできて良かったね。