世界恐慌の噂が世の中を駆け巡る中、ある意味呑気にアル中のドラッグオタクが書いたイケナイ方のオクスリについての本である。
ちょっと前から芸能人の違法ドラッグによる逮捕が続いた。人生がうまくいかなくていろいろわからなくしたいからハマってしまうのは共感はできずとも理解はできる。しかし第三者的に見れば成功者である人間がハマってしまうオクスリってのは一体なんなのかと思って読んだのである。
何かに耽溺する理由には依存症だからということ以外に、オタクだからということもある。インテリサブカルドラッグオタクだった中島らも氏の各種ドラッグについての本である。
1995年が初刷。25年前の本でそれほど昔ではないじゃないかと思いながらもそのおおらかさにびっくりする。大っぴらだね。これは中島らもだからこそなのか、このころはこれくらいはセーフだったのか
ガマ(カエル)。睡眠薬。覚醒剤。阿片。サボテン。咳止めシロップ。毒キノコ。シンナー。大麻。LSD。抗うつ剤。ステロイド。アルコール。
リーガル・イリーガル、ケミカル・ノンケミカル問わず様々な薬物について綴られる。ほぼ完全に文献を読んだ著者の私見と実体験による実験によって語られる。
らも氏は実際に使ってもみないでドラッグのことを語るんじゃねえと無茶なことを言うが、こういう人がいないとこういう本も出来ないのかと思うと世の中には無駄なことはないなと思ったりもするのである。
念のため言っておくと著者が利用を明言しているのは(ほとんど)リーガルなもののみである。しかしリーガルである酒が実は一番副作用と症状が酷いもののひとつというのが皮肉である。
ドラッグをする理由について、らも氏は「それが気持ちがいいからだ」と言い切る。たとえば酒を飲むという行動は、つねに唇にグラスなり煙草なり肴なりを運んでいる口唇期性欲への退行現象であり、酒が確実に効くドラッグであり人は付加的に幼児的「なめる」儀式を酔いの中で反復しているのだと語る。
公園で三つや四つの子供たちがくるくるくるくる回って、回り終わって倒れそうになるあの目眩、血の逆行が「気持ちいい」のと同じように、自分が自分のコントロール下にない状態になり「自失」すること。それに伴う快感を薬物を通じて味わっているのだというのだ。
らも氏は言う。生き残るものもいるし、一生廃人になるものもいる。しかしそれは淘汰なのだから自分はそれを若者に対して止めるつもりは一切ない。しかし、これを使ったらこうなるというちゃんとした情報が医療者からもっとあってほしい。
たかだか30年弱くらい前の本である。しかし今出版するのは困難な本だろう。アホなことを自覚しながらも快感を求めて「自失」するとこういうことになりまーすということを医療者でないが書く人がいた。
成功した芸能人でなくとも、誰でも今ここにある自分でなく、幼い頃周囲を忘れるほど無条件に自分の欲求に素直であった頃に戻りたいという願望を少しは持っているだろう。その願望を手助けするドラッグは世の中から消えず、むしろよりわかりづらく人の生活の中に侵食しているのだとすればそれは恐ろしいことだ。
いることもいらんことも教えてくれた中島らもが既になきこの世で、私たちは危険な落とし穴に我知らず落ち込んでしまわないように気をつけなければならない。