チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷

created by Rinker
¥737 (2020/09/30 16:01:55時点 楽天市場調べ-詳細)

読む本をどこで探すの?と聞かれることがある。読書メーターで趣味の合う人を参考にする、新聞・雑誌・ネットの書評を参考にする、などがあるのだが、この本について言えば連想ゲームである。

 

大河ドラマでちょうど本木雅弘演じる斎藤道三が、娘の帰蝶を嫁がせた土岐頼純を毒殺するシーンが話題になっていた。身内を嫁がせて相手を殺すと言えば、チェーザレ・ボルジアだよな、と思って改めて読んだのがきっかけである。

 

小さい頃から家にあり内容を知らないまま本棚に並んでいた。ある意味厨二かというタイトルに強い魅力を感じていたのだ。だって、「あるいは優雅なる冷酷」って格好いいじゃないですか。

 

余談だが横並びになっていてこれも気になっていたのが「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」である。共通点はタイトルになっている人間が馬に乗ることくらいだろうか。時代も、国も、本の内容も、遠い存在である二人。まさか1970年以降に東の果ての国の庶民の本棚で横並びになるとは、彼らも夢にも思わなかっただろう。

 

その後、幼いうちに、ノンフィクションとフィクションの意味も、そこにおける塩野七生の立ち位置もわからぬまま本書を読んで、これなんなの、この人はカッコいい人なの?悪者なの?と単純な勧善懲悪に当てはめようとして戸惑ったような記憶がある。

 

さらにその後、川原泉が「バビロンまで何マイル?」でえらいことわかりやすく描いてくれたので、チェーザレの妹のルクレツィア可哀想、ミケロット超怖いと学習。さらにさらにその後、惣領冬美が「チェーザレ-破壊の創造者-」を書いてくれたので、チェーザレはエライこと美形なんだなと、やっとこ理解したような次第である。長い話を、短くわかりやすく伝えてくれる人大切(いや学生時代の勉強は?)。

 

そして今回の連想ゲーム再読、さすがに塩野七生さんの「推し」に対する愛情溢れる作風や、歴史の背景について子供の頃よりは知識が増えたことで、あーハイハイそういうことだったのねと思いながら読んだのである。

 

人としてやったらアカンやろ、のラインは時代によってまったく違う。当時としてチェーザレのやったとされていることは、どれくらいヤバいことだったのだろう。

 

チェーザレ・ボルジアは、後にローマ教皇となるアレクサンデル六世を父として生まれ、生涯にわたる立場を保証された存在であった。しかし母親は本妻ではなかったため、庶子としての栄達しか望めなかった。

 

自分は能力があると思いながら、目の前に上がれそうで絶対上がれない地位があるというのはどういう気分なのだろう。これで最初から自分には縁のないもんだと思えれば諦めがつくこともあるだろうが、透明なガラスに隔たれたその上を見てしまったら、そこに昇ることを望んでしまうのも無理はないように思う。

 

塩野七生の描くチェーザレ・ボルジアは多くを語らずただひたすらに行動し続ける。その行動には無駄がなく、感情を介することなどないような冷徹さもあるが、意外と合理的だと思うのだ。

 

妹ルクレツィアの夫を殺したのも領土拡大のためには意味のあることだったし、占領した土地に住む人々は、反抗しなければ略奪や迫害に遭うことがないことも多かった。むしろ、彼の国を掌握する作業の過程として、守られることすらあった。

 

しかし、ひとたび彼を裏切ったものたちは、それはそれは酷い目に遭わされる。見せしめの役割もあるのだろうがそれだけではない。うらみ骨髄までといった風情で滅ぼされる。歴史書や演劇の舞台で描かれるチェーザレ・ボルジアは徹底的な悪のようである。美しく有能で冷酷。自己の目的のために、躊躇なく、完膚なきまでに敵対勢力を滅ぼす。

 

しかしチェーザレには徴兵制度のはしりとなる制度を始めたり、レオナルド・ダ・ヴィンチと共にとともに制圧した後の国土開発に力を注いだりする先見の明があった。マキャベッリは、若くして父の死と自らの病をきっかけに失脚する前のチェーザレを有能な君主として「君主論」の中で取り上げる。

 

塩野七生はチェーザレ・ボルジアとレオナルド・ダ・ヴィンチに大きな共通点を見出す。

 

「この自己を絶対視する精神は、完全な自由に通ずる。宗教からも、倫理道徳からも、彼らは自由である。ただ、窮極的にはニヒリズムに通ずるこの精神を、その極限で維持し、しかも、積極的にそれを生きていくためには、強烈な意志の力をもたねばならない。」

 

時にエゴイズムやサディズムの極地のように描かれる行動は、彼の完全なる自由の精神の上に成り立っている。誰にもおもねることなく、迎合せず、自らの道を突き進んだ若き君主は、悪とみなされても、その魅力でいまも人々を惹きつけてやまない。

 

私の中で美濃の蝮とチェーザレ・ボルジアが混ざってしまった。若い頃の本木雅弘がチェーザレ役をやったらピッタリだったのじゃないかしら。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です