壊れた世界の者たちよ

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ドン・ウィンズロウの頭の中にはバベルの塔があって、いくつもの異なった世界が存在している。その世界はどれも鮮やかで生命力に満ちていて、人間の邪悪と賢さ、後悔と懺悔、そしてユーモアと良心がある。

 

「壊れた世界の者たちよ」を読んでいるときに乗り合わせたバスの車内アナウンスが語りかけてきた。「『救える命』を救うために救急車の適正利用をお願いします。」『救える命』壊れた世界にそれはあるのだろうか。

 

ニューオリンズの麻薬班を率いるジミーは逮捕した麻薬組織に弟を惨殺され復讐の鬼と化す。息子の一人を殺され自らも警察官である母親はもう一人の息子であるジミーに言う「犯人を殺して。」

 

犬の力、ザ・カルテル、ザ・ボーダーで描かれてきた麻薬をめぐる世の中の暗部、そしてダ・フォースで描かれた警察の戦いと腐敗の延長線上にある世界。

 

世の中の闇はどこまで深いのか。一度それに足を踏み入れてしまった者は戻ることは出来ないのか。最後のジミーの決断に、人間は壊れながらでも生きていけるのではないかというかすかな希望を抱く。

 

「犯罪心得一の一(クライム101)」は仕事でも使える話。段取り8分、仕事2分って言うものね。丁寧な仕事する人好きです、泥棒だけどね。

 

そして何より海は素晴らしいのだ。天下一品の泥棒のモチベーションになり(ダメじゃん)、倦んでいた刑事の憂鬱を晴らす。やっぱりQOLって大切。敏腕刑事のルーが徐々に健康になって思考も晴々としてきて、果てにはヨガまでやっちゃうところが可愛くて好き。

関係ないが大好きなクラフトビール ピッツアポートの地名が出てきて嬉しかった。

 

「サンディエゴ動物園 」もどこか可愛い話だ。なんせ初手の事件は拳銃を手にした脱走チンパンジーの捕獲から始まる。なんのこっちゃと思うが見事に(?)チンパンジーも人も傷つけずに事件を解決するモンキー刑事。不名誉な称号と名誉の負傷を負うけれど彼ががなかなかいい味なのだ。

 

その後の事件もてんやわんやで決して鮮やかではないがなんとか解決していく。要領は悪いが頭は悪くない。持ち前の性格の良さで一生懸命やって素敵な彼女とも出会えた。そう世の中にはこういうことだってなくっちゃね。

 

「サンセット」には未読だったウィンズロウ のシリーズ物のあの人が出てくる。読んでいないのにキャーキャー言いそうになってしまった。これはいい加減腰入れて読むしかないな。そしてやはり海は偉大と。

 

「パラダイス――ベンとチョンとOの幕間的冒険 」も「野蛮なやつら」の登場人物たちが出てくる。そして終盤の展開には読みながら鳥肌が止まらなかった。とりあえず玉ねぎ入りベーグルの目玉焼きサンドが食べたい。私の人生はまだ始まっていないのか。

 

「ラスト・ライド」はもの言う小説家ドン・ウィンズロウ の真骨頂とでも言おうか。小説家が思想信条を直接的に作品に持ち込むのはいかがかと言う見方もあると思うがウィンズロウはノーはノーだとはっきりと言う。そして合理的でなくとも自分のためにならなくとも、人生にはやらなければならないことがあるということを示す。

 

バベルの塔を作ろうとして神の怒りを買い、言語を分けられてしまった人々のように、本書の各編は一見それぞれが別世界であるかのようだ。しかしそれぞれの世界は色とりどりで様々な風合いを持ち大変魅力的である。

 

そしてこの本の神様はウィンズロウ 。人々を分断させたままにはしないのだ。登場人物はこれまでのウィンズロウの著作から人気の人物が登場し、まるで玉手箱の様相である。

 

作家というのはこれほど面白い小説を量産できるものなのか。さすがである。大好きである。大切なことなのでもう一度言う。大好きな作家なのである。人は何かを好きになりすぎると語彙を失う。

 

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