希望が死んだ夜に

推理小説好き、警察小説好き、福祉分野ルポ好き、青春小説好き、普段本を読まない人、すべての人におすすめしたい本だ。梅雨明けしたばかりの晴天の休日に読んで、朝から声出して泣いてしまった。泣きました!とか書くのは好きではないけど、この本には書いても構わない。


社会問題としての生活保護を、上滑りにを扱うわけではない。子供の貧困の悲惨さを、ことさら並べ立てるわけでもない。ありえないほど無能で不人情な警察が出てくるわけでもない。

無理に難しい言葉を使って、高尚さを出そうともしていない。難しいことも、特別な人も出てこないのに、ここまで人を釘づけにする、この小説の魅力は何だ?

ある冬の日、冬野ネガ(以下ネガ)は同級生の少女を殺害したとして逮捕される。空き家になっている家で首を吊っていた少女を、自殺に見せかけて殺したというのだ。

ネガは少女を殺害したことはすぐに認めるが、動機については頑なに口を閉ざす。神奈川県警警査一課に配属されたばかりの真壁巧は、生活安全課の仲田蛍とともに事件捜査に当たることになる。

殺害は認めたものの動機を明らかにしないネガに、配属最初の事件の捜査が半落ちになるのを避けたい真壁は、強硬に捜査をしようとする。しかし常に柔らかい笑顔で被疑者や関係者と接し、その気持ちを想像すると言う仲田と捜査を当たることで、戸惑い苛立ちながらも徐々に事件の真相に近づいていく。

 

以下ネタバレのため未読の方はご注意下さい。

 

ネガはどこにでもいる少女だ。頭がいいわけではないけれど、家が貧しく母親の身体が丈夫でないことを理解し、それに協力しようとする思いやりのある子だ。

当初は、絵に描いたような優等生ののぞみに憧れつつ、劣等感を持っていたが、やがてのぞみは自分と同じ立場であることを知り、それでも明るく前向きなのぞみと友情を深めていく。

普通の中学生だ。友達を羨んだり、先輩に憧れたり、親友ができたのを喜んだり。この時点で、貧しい少女が優等生の同級生を、コンプレックスから殺してしまうという、ありがちな展開から外れていく。

ネガの家は貧しい。風呂に入ったり、食事をしたり、制服を買ったりするのにも事欠くほどだ。

母親は両親(ネガにとって祖父母)に搾取子として育てられ、他の兄弟と差別されて育った。教師だった父親と駆け落ちして結婚するが、父親はその後アル中で暴力を振るうようになり、逃げるように離婚をしてシングルマザーとしてネガを育てることになる。

母親は自分が搾取されてきたのに(きたからか)、やがてネガから搾取するようになる。本来守られる年頃のネガは、母親を支えようとして、いつの間にか母親に寄りかかられ、利用されるようになってしまう。

かといって母親が悪人であるわけではないのだ、ただ短慮で浅はかなのだ。計画性を持つ能力が育まれる環境に恵まれなかった母親は、生活保護を受けようとするが、不正受給などの世情の影響を受けていると思い違いをして、必要な保護を受ける機会を自ら手放してしまう。

最後ののぞみの手紙で涙が止まらなくなった。のぞみがフルートをしていたのは、将来の夢を叶えるためだけではなかった。

自分の恐怖から逃げるため、それに近づいてしまわないようにする自分への戒めのため。明るい前向きな態度は、恐怖に対応するために、まだ中学生だったのぞみが自ら育んできた処世術だった。「すべての希望が死んだ」と思った夜に、それでものぞみは親友のネガのことを思った。

どうかこんなことが現実に起こりませんように。こんなに聡明で思いやりのある中学生達が、酷い目に遭うことがない世の中にしなければ。

ショッキングなタイトルと帯で、逆に損をしているのではないかと思う。サスペンス、推理物としても読みごたえのある、地に足の着いた現実感のある良書だ。

 

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