なに?!この人間の業を煮詰めたようなファンタジー。胃もたれしすぎて消化できない。愛欲、性欲、食欲、事業欲、支配欲、恐怖、後悔、懺悔、憧れ。そんなものを不思議の箱に入れてデカイ棒でグリグリグリグリとかき混ぜたら、ハイ!   出来上がり、ってそんなもん飲み込めるかー!

 

分厚い本だが、字は小さくないし、何よりストーリーが昔の大映ドラマみたいなところがあるので読み進めるのは苦ではない。むしろ続きが気になって途中で止めるのが気持ち悪くなる本だ。

 

唐突だが、私は小説を読む時に無意識にジャンル分けして読む傾向がある。サスペンス、ヒューマンドラマ、ノンフィクションに近いもの、ファンタジー。そしてそれぞれのジャンルには基本的に侵すべからざる領域があると思っている。

 

サスペンスで推理要素があるのに最後に神的なものが出てきて全部を解決するのはアウト。ヒューマンドラマなのに登場人物にひとかけらの救いもないものはアウト。ノンフィクションのような顔をして説教がましいのはアウト。ファンタジーなのに現実を盛り込みすぎて夢オチみたいになるのはアウト。

 

(すべて、まごう事なき私見であり、当てはまらないものが世の中にはたくさんあることは重々承知している。)

 

主人公のクムボクは幼い頃から男性を引きつける不思議な魅力を持った女性だった。出会った男たちはみな彼女の匂いに惹かれ、彼女を追わずにはいられなくなる。

 

年端もいかない頃から自分の性質を自覚していたクムボクは、それを利用してのし上がっていく。出会った男たちはみな彼女を愛し慈しみ、時に愛され、特に浮気をされまくって傷つき、彼女の舞台から次々に消えていく。

 

男たちに愛されに愛されまくる母と違い、その娘であるチュニは幼い頃から並外れて大きい体躯と、話すことができず人と心を通わせることが出来なかったことから、人間社会から浮き立った存在として描かれる。

 

浮き立ったどころか、成長するにつれ、母親に愛されず、数少ない彼女を可愛がってくれた人々は次々に先立ち、挙げ句の果てに無実の罪で収監された刑務所でこの世のこととは思えないような酷い目に遭う。

 

お母さんのクムボクはチュニを産む時に、彼女の運を全て吸い取ってから産んだのかと疑うような出来事の連続だ。なぜここまで酷い目に遭わなきゃならんのだと胸糞悪くて救いはないのかと後半一気に読んだが。

 

クムボクが幼い頃感じた死の恐怖から大きくて強いものに憧れるようになった理由。今ひとつ共感できないのだ。この巨大なもの、強いものに対する崇拝の気持ちはどちらかというと男性に多い欲求であるイメージだ。最終的なクムボクの変化を思えば男性的であるということと矛盾はしていないわけだが、ジェンダー論的に今ひとつ腹落ちしない。

 

深い意味合いを含んでいるというよりも、エンターテイメントとしての読み物を面白くするために突飛な設定を持ってきているという印象だ。そしてエンタメとしての読み物としては、今ひとつ口に合わなかった。

 

クムボクが望んで手に入れたものは、最終的には彼女を幸せにはしない。しかし途中途中で男たちに庇護され、商才を発揮し事業を成功させ、愛する男を見つけてその男に愛されることができた。恐れるほど憧れるものを見つけ、気の合う女友達も見つけ、子どもをもうけ、アレさえも手に入れた。決して不幸ではないよ、アンタは。

 

対して望んで手に入れたわけではない性質を持って生まれたチュニは、母に愛されることなく、父はおらず、無実の罪を着せられ、それを覆す能力もなく、たいそう酷い目に遭い、意図になく妊娠させられ、最後まで誰にも理解されず死んでいく。不幸すぎるだろう。

 

ファンタジーならもう少し綺麗なものを読ませてほしい。ヒューマンドラマなら、せめてパンドラの箱の底に入ってそうなくらいは希望がほしい。大映ドラマ風ファンタジーは私にはヘビー過ぎた。というか、よく考えたら大映ドラマ系のストーリー苦手だったわ。

 

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