夜市

夏の祭りには独特の雰囲気がある。流れる祭囃子。群れる人々。どこまでも続くように思われる出店にはおいしそうな食べ物、怪しげなおもちゃ、可愛らしい生き物。雑多に陳列されたそれらは非日常感を醸し出し、夜の暗闇も手伝って、町はいつもと別世界の様相を見せる。

この本の不思議な祭り「夜市」は、定められたモノたちを呼びにくる。学校蝙蝠が呼ぶ声に誘われ、祭りに集うモノたち。学校蝙蝠ってなんだよ。なんかファンタジックな本読み始めちゃったかなと一瞬戸惑ったが、この本は単なるファンタジーではなかった。

市場とは、「毎日または定期的に、多数の商人が集まって、商品売買を行う所。」(大辞林)だそうである。「夜市」に集まる商品は普通とは違う。そしてそれはまた集まる商人と客たちも。

妖怪たちが様々な品物を売る不思議な市場「夜市」。幼い頃「夜市」に迷い込んだ祐司は、大切なものと引き換えに野球の才能を手に入れるが、ずっとそのことを悔やんできた。「夜市」が行われることを久しぶりに知った祐司は、人を連れて「夜市」に向かう。昔、売ったものを取り返すために。

ホラーでありファンタジーだと思っていた前半と、後半で様子がガラリと流れが変わる。幼い頃の取引をずっと悔やんできた祐司が、今回の取引に使おうとしているのはなんなのか。きっとあれだろうなと思っていたらそっちか。なるほど、そうしなきゃ、あれがそうならないもんね。うーん、上手い構成だ。私が浅はかでした。そして後半、老紳士の正体が明かされるにつれ、ストーリーは孤独な放浪者の成長冒険譚の様相も呈する。鮮やかの一言である。

第12回日本ホラー大賞受賞作。歴代の作品で知ってるのは「パラサイト・イヴ」「黒い家」「ぼっけえ、きょうてぇ」「十三番目の人格ーISORAー」あたりだな。著者はこれがデビュー作だというのだから恐れ入る。

この世界のどこかでいつも催されているという「夜市」というパラレルワールド。人間がそこに足を踏み入れてしまうのは偶然なのか必然なのか。いずれにしても、一度その世界に足を踏み入れた人間は、再び呼ばれるのである。

読んでいて恐ろしいのになぜか瑞々しく感じるのは、この物語が季節や風や祭りの香り、青年の長く強い後悔と決意の匂いがするような気がするからだ。良い小説からは香りや匂いがするのだ。

収録されている「風の古道」もパラレルワールドに迷い込んでしまう少年とそこで生きる青年の、大切なものを取り戻すための旅を描く。こちらもホラーと異世界感、少年の成長が鮮やかに描かれとても良かった。

とても良いものを読んだ。夏になったら祭りに行きたくなった。しかし、夜市に迷い込むのだけは勘弁だ。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です